大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和43年(あ)1709号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

被告人本人の上告趣意(昭和四三年九月二七日付上申書記載の趣意を含む。)は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であり、弁護人泉芳政の上告趣意(昭和四三年一〇月二四日付追加書記載の趣意を含む。)は、憲法三八条三項違反をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張に帰し、いずれも適法な上告理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、以下に述べるとおり、刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れない。

本件公訴事実は、昭和四一年一一月二二日頃から同四二年四月九日頃にいたる間の合計九四件にのぼる窃盗事犯である。第一審裁判所は、被告人が第一回公判において有罪の陳述をしたので、簡易公判手続により審理した上、全部の事実につき有罪と認定して被告人を懲役二年に処する旨の判決を言い渡した。被告人は、控訴して、右窃盗の諸事実は、一件を除き、すべて自己の犯行ではなく、捜査機関および第一審裁判所に対する自白は虚偽であると主張したが、原審は、これを容れず、控訴棄却の判決を言い渡し、これに対して被告人が上告したのが本件である。

なお、被告人は、原判決も判示するとおり、本件の発覚に先き立つ昭和四二年四月一〇日、窃盗容疑で逮捕取調を受け、その結果、本件犯行の期間と殆んど全部重複する昭和四二年一月二四日から同年四月一〇日にいたる間の合計二七回の窃盗事件(以下、「別件」という。)について起訴され、同四二年七月二一日大阪簡易裁判所で全部の事実につき有罪として懲役二年六月の刑の言渡を受け、同四三年六月一八日上告棄却の決定があり、その頃右有罪判決が確定している。

原判決が是認した第一審判決は、証拠として、被告人の本件各事実の自認を内容とする捜査機関に対する供述調書および第一審公判廷における供述(以下総称して単に「自供」ということがある。)のほか、各事実に対応する被害届を挙示しているから、被告人の自白とこれに対する補強証拠の存在に基づいて本件各事実につき有罪の認定をしたものであり、原判決も、また、これと同じ見地に立つものと解される。ところで、第一審判決別表(一)の30の事実については、記録中に、被告人が所持していた被害物品の存在に関する証拠があるので、被告人と犯行とを直接に結びつけるものがあるということができる。しかし、その余の被害事実については、これと被告人とを結びつけるものは、被告人の自供のみであり、この自供と別個に、被害事実が被告人の犯行であることを直接に示すべき証拠は記録中に見当たらない(たとえば、第一審で取り調べられた証拠の中には、被害場所に遺留されていた草履および風呂敷の存在に関する書類ならびに右遺留品についての被告人の供述があるが、その所有関係を明らかにする証拠はなく、捜査官に問われる前に被告人が進んで右の品の遺留の事実を述べたなどの事情も認められないし、また、盗品を貰ったという星野二三男の供述調書中の同人の供述によれば、貰ったのはパイロット万年筆であるというのに、これと対応するはずである第一審判決別表(一)の72の盗難品はモリソン万年筆であるし、入質をあっせんしたという武村こと西道恵子の供述調書中の同人の供述は、本件事実のうちどの分の盗品に関するものか判明しないばかりでなく、その中には昭和四二年四月一日入質にかかるソニートランジスターラジオのように別件第一審判決犯罪一覧表18の被害品ではないかと思われるものが含まれているくらいで、いずれも、各被害事実と被告人とを結びつける証拠としては、その証明力が薄弱である。)。したがって、これらの事実について被告人の罪責の有無の判断は、被告人の自供の信用性を如何に考えるかにかかるものといわなければならない。

原判決は、この被告人の自供につき、本件捜査の経過、自供の内容、補強証拠の存在等に照らし、信憑性があると判断して、これを虚偽の自白であるとする被告人の主張を斥けたのであるが、記録に照らし、その判示するところは必ずしも首肯し難いのである。

まず、原判決は、本件各事実の発覚は被告人の自供に基づくものであり、これなくして捜査機関は被害の事実を知り得なかったという。記録によれば、本件各事実発覚の端緒は、前記別件事実の裁判中に被告人が警察署に宛てて余罪がある旨のはがきを出したことにあり、それ以後被告人の供述するところに従い、警察、検察庁における本件各自供調書が作成されたことが認められる。しかし、このような事実は、供述の任意性を裏付けるものではあっても、それだけでただちにその真実性を完全に支持するものとはいえず、捜査機関が、被告人の供述によってはじめて被害事実を知り、かつ、その後の捜査によりその裏付けとなるべき事実が発見できたというような事情、少なくとも捜査機関の誘導、示唆なくして被告人が自発的に具体的供述をしたというような事情などが加わってこそ、その自供に真実性があるとすることができるのである。もし、そうではなく、被告人が、当審において主張するように、既に捜査機関の手にある被害届をまず示され、これを承認したというような形で自供が得られたものとすれば、その自供は虚偽である危険性をはらむものといわなければならない。けだし、このようにすれば、身に覚えのないことであっても、いくらでも被害先を挙げることができようし、建物内部の間取りや窃取場所等の詳細について供述できなくても、被害関係の書類にあわせて戸締り状況や侵入手口を述べることは可能であると思われるからである。本件における被告人の自供が、共犯のある分はすべて見張りを分担し家屋内部のことなどは知らないことになっている事実も、このような事態の存在を否定しきれないものを感じさせる。この点に関して原審の取り調べた証人本田繁夫巡査部長の証言は、調書の記載から見る限り、かなりあいまいである上、「所轄署へ直接行って調べた」旨の供述もあって、まず被告人の案内により犯行場所を発見し、これを所轄署への届出の有無と対照するというような配慮がすべての事件についてとられていたようには必ずしも見えない。また、前記のとおり、被害届等によって窺われる被害事実と被告人の自供との間に直接の結びつきはないのであり、前記本田証言によれば、一部、指紋の発見されている分についても、被告人の指紋と符合するものはなかったというのであるから、被害届等の証拠が、それ自体として被告人の自供の信用性を支えるものとは言い難い。

のみならず、本件記録、および原判決の当否を判断する資料とするため当審で公判に顕出して取り調べた別件記録(当裁判所昭和四二年(あ)第二九六〇号窃盗被告事件確定記録)に基づき、被告人の自供の内容についてさらに立ち入って検討すると、つぎのような問題が存する。

被告人の自供の根幹をなす司法警察職員に対する供述調書(計一〇通)のうち、犯罪事実に触れる供述記載は、第一審判決別表(一)の(1)の事実についてやや具体的に、この家は一四棟と書いたゴミ箱があるので覚えているなどとの記載(現場へ行って右ゴミ箱を見てからの供述のようであるから、真実性の担保とは必ずしもいえない。)があるほかは、いつ、どこで、どういうものを取った、自分は見張りであったというような記載の羅列であって具体的内容に乏しく、検察官に対する供述調書(計三通)はさらに概括的であり、特に第一審判決第二(別表(一))の諸事実についての昭和四三年一月一二日付調書、および同第三(別表(二))の諸事実についての同月二六日付調書は、それぞれ昭和四二年一二月七日付および同四三年一月一九日付の司法巡査作成の犯罪一覧表を引用し、すべてをこれに譲るものである。そして、本件第一審判決判示の諸事実、なかんずく別表(一)および(二)の各一連の事実、ならびに別件の諸事実は、それぞれ別個に観察するかぎり特段の問題もないように見えるけれども、これらの事実を、被告人の自供にかかる犯行の日時の順に総合的に整理し、犯行の日付および時刻(各判決書の記載は、単に「何日頃」となっているが、多くの場合、対応する被害届の記載によって、日付が特定でき、かつ時刻も限定されてくる。)、犯行の場所、共犯者等を通観すると、短時間の間に、かなり離れた場所で、異なる共犯者との犯行が繰り返されるなど、すこぶる不自然な趣を呈するのであって、その著しい例の二、三を挙げれば、つぎのようなものがある。

一  昭和四二年三月二五日

1  午前三時 奈良県北葛飾郡

共犯者寺井定次 (別表(二)13)

2  午前一一時 大阪市大正区

単独 (別件 12)

3  午後一〇時 岐阜県関市

共犯者寺井某ほか四名(別表(一)67)

二  同月二七日

1  午後二時 大阪市東住吉区

単独 (別件 13)

2  午後三時 奈良県大和郡山市

共犯者寺井定次 (別表(二)15)

3  午後五時 大阪市東住吉区

共犯者吉田努 (別表(一)68)

4  夜(午後六時から翌朝九時までの間--被害届による)

奈良県大和高田市

共犯者寺井定次 (別表(二)12の一部)

三  同年四月一日

1  午後零時三〇分 大阪市住吉区

単独 (別件 18)

2  午後一時 奈良市秋篠

共犯者寺井定次 (別表(二)16)

3  午後三時 大阪市港区

共犯者吉田努 (別表(一)70)

4  午後一一時 愛知県海部郡

共犯者寺井某ほか四名(別表(一)71)

なお、右のうち特に三の1および3については、被害届により、犯行時刻がそれぞれ午後零時から一時までの間と同三時から四時までの間とに限られるから、犯行地間の距離、交通の便などを考慮すれば、両犯行の時刻が実際は自供時刻より1は早く、3は遅いものと考えることによっても、両者の間に2の犯行が存在しうるとの説明をすることは、かなり困難である。しかも、このような犯行自体についての自供の不自然さのみならず、各犯行の自供に附随する盗品処分のための行動に関する供述をも参照すると、犯行の日時場所と、盗品処分の日時場所とが相抵触する例が少なくなく、供述に内在する矛盾は一層深刻となるのである。このような不合理を生ずる供述の信用性には、この不合理を解消するに足りる特段の事情がないかぎり、多大の疑問があるとしなければならない。

さらに、前掲の例における矛盾は、特に奈良県下の事件が介在することによって生ずるように見えるのであるが、これらの事件は、いずれも第一審判決別表(二)の事実であり、したがって、昭和四三年一月二六日付検察官調書に引用されている昭和四三年一月一九日付司法巡査作成の犯罪事実一覧表記載の諸事実の一部であるところ、右一覧表にはつぎのような問題がある。

右一覧表には、第一審判決別表(二)記載の一七件のほか九五件の事実が記載されており、そのうち八三件(一三ないし九二および一一〇ないし一一二)は、昭和三七年五月二七日以降同三八年二月一九日にいたる期間のものである。しかるに、被告人には、昭和三七年七月二〇日大阪地方裁判所言渡にかかる第八犯の前科(窃盗、同未遂により懲役四年)があるところ、原判決の当否を判断する資料として当審で公判に顕出して取り調べた電話聴取書によれば、被告人は右事件につき昭和三七年一月二九日勾留され、以後同三八年五月一五日上告棄却の裁判を受け、ついで服役するにいたるまでの間、引きつづき勾留されていたことが知られるから、前記八三件についての自白は明らかに虚偽なのである。被告人は、検察官に対し、昭和三七年五月一〇日頃保釈になり、その保釈中に右の事件を犯したものであると供述しており、検察官もそのことを前提として、本件第一審最終公判における論告の中で、右保釈中の事実は古いから特に不起訴にした旨の陳述をしていることに徴し、検察官は、右八三件についての自供は虚偽であるが、本件別表(二)の事実についての供述は真実であり信用できるとして本件を起訴したものとは認められず、またそのような区別をなすべき根拠となるような資料も記録中に見当たらない。そして、合計一一二件の窃盗事件の記載されている一覧表を内容とする自供調書において、そのうち八三件が明らかに虚偽であるとすれば、特段の事情がないかぎり、右調書全体の信用性が疑わしく、身に覚えのない事実を被害届に基づいて自供したとの被告人の主張はたやすく排斥し難いこととなろう。そうするとまた、同様の契機から作成された他の自供調書およびこれらに基づく第一審公判廷における自白についても、被告人が争わず、かつ確実な物証の存する第一審判決別表(一)の30の事実に関する部分を除き、同様に特段の事情がないかぎり、その信用性に疑をさしはさまざるをえないのである。

しかるに、記録を精査するも、本件第一、二の審理したところによっては、前示のような諸疑問を解消し、被告人の自供に信用性ありとすべき特段の事情の存在は認め難い。

もとより、被告人の主張するところもすべてが措信すべきものとは考え難く、また、被告人が虚偽の自白をした動機として述べるところも必ずしも納得し難いのであるが、さらに機会を与えるならば、その真意を知りうることも予想されないではない。

そして、第一審判決別表(一)および(二)の諸事実の中に犯行日付が同一のものが存在することはもちろん、本件犯行と同一日付の犯行を含む別件が存在すること、ならびに前件における保釈のほとんどありえないことを推測せしめる前科状況の存在することは、いずれも原審において記録上判明していたところであるから、被告人が事実を争った以上、原審は、よろしくこれらの点についての調査を遂げ、また、被告人の供述の変更についてその真意を探求し、もって本件各事実についての被告人の自供のうちいずれを真とし、いずれを偽とすべきかの解明を試みるべきであったのに、その挙に出ることのないまま、たやすく被告人の控訴を棄却して原判決には、審理を尽くさず、証拠の価値判断を誤った違法があり、ひいて重大な事実の誤認をした疑いが顕著であって、このことは判決に影響を及ぼすことが明らかであり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、さらに叙上の点につき審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により、本件を原裁判所である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下村三郎 裁判官 田中二郎 裁判官 松本正雄 裁判官 飯村義美)

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